会 社 概 要

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代表者 |
代表取締役 土肥 芳郎 |
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設立 |
昭和26年1月29日 |
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創業 |
明治25年(1892年) |
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資本金 |
4,000万円 |
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従業員 |
本社・工場 72人 (うち女性26人) 大阪営業所 7人 企業全体79人 |
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年商 |
10億円(平成20年度) |
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事業内容 |
釣針および釣具の製造販売 |
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取扱商品 |
釣具全般 |
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輸出先 |
東南アジア、太洋州、中近東、アメリカ、ヨーロッパ他全世界 |
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輸入先 |
中国、韓国、台湾、ノルウェー、フランス 他 |
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国内販売先 |
各地漁業組合、漁網会社、卸売店、小売店 |
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国内仕入先 |
(株)グラフ、前田精版印刷所、兵庫県釣針協組、(株)赤尾商店、阪和興業 他 |
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主要取引銀行 |
みなと銀行社支店、東京三菱UFJ銀行三宮支店 大阪西支店、三井住友銀行大阪西支店、他 |
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マルト釣針小史 |
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株式会社土肥富は、兵庫県加東郡東条町という小さな町にあります。その歴史は1892年にさかのぼります。最初は極く原始的な手工法で農家の副業として近隣の村人達によって釣針が作られていました。先の読める野心家で情熱家であった先代土肥富太郎は、この製法の機械化を常々考えておりました。その当時は電力というものが使用できませんでしたから、彼は旧式のオイルエンジンを使ったりしていましたが(発動機です)そしてついに1910年に日本で初めて釣針を機械で作ることに成功しました。しかしながら、その当時日本の漁師達は大変保守的で、伝統的なものから多少でも異なったものは興味すら示してくれませんでした。このようなきびしい困難に直面した彼は、一時倒産も避けられないという立場に立たされたこともありましたが、そこは不屈の精神と辛抱強い根性であきらめることなく、新製品の釣針を各地の漁師に無料で持廻って実際に使ってもらい、その価値を認めさせたのであります。漁師達は逐次マルト釣針の優秀性、特に針先の鋭利さをほめるようになりました。しかし、この機械化は多くの製造工程の中の一部分にしかすぎませんでした。もっと改良し、新たな開発によるより良い機械の必要性に迫られました。
第二次大戦後、国際貿易の再開と同時に私達の市場(マーケット)は急速に拡大して参りました。この情勢に呼応すべき必要があったので、社長土肥富誉はようやく全自動釣針製造機を開発、近代化に成功したのであります。又一方、焼入れの自動化連続化にも成功した結果、良質で且つ量産できるようになり、その成果は大きなもので、現在では月産2億本が製造可能となりました。私達技術陣は「より良いものを、より安く」をモットーに日夜努力しております。 今後共よろしくお引立ての程をお願い致します。製品についての御照会、お問合わせを頂ければ幸甚でございます。 |
